阿部彦太郎 戦わば潰すまで戦う -2
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阿部彦太郎 米買占め
阿部彦太郎は、阿部彦と呼ばれた。米の買占めは、西日本の阿部彦が総大将で北野平兵衛と橋本伊兵衛が連合する。売り方は、東京側の石崎政蔵と浜野茂であり、当初東京側が有利と言われた。
しかし、結果は西側の大勝利となる。
阿部彦太郎は、戦いは勝ったが、買い占めた米の処分に困る。結局150万表の米を投売りしたため、米価格が暴落した
阿部彦太郎は、普段は質素で大きく儲けた時でも木綿の服を着ていた。家族には着飾らせて旅行に連れていったりしたそうです。
財界人としての阿部彦太郎
幕末の開港直後から京都で洋反物を活発に取り扱い,攘夷浪人の襲撃の標的とされた。戊辰戦争では戦地に遺棄された銃砲刀剣糧食の売買によって巨利を得たといわれる。
維新後は大阪の堂島で米穀商を営んだ。他方,吉野に植林事業を行い,内外綿の頭取,大阪商船取締役や,大地主でもあった。動乱の時代に,大胆な商略を縦横に発揮して成功した。<参考文献>実業之世界社編『財界物故傑物伝』上
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